中東問題にゆれる石油危機

中東問題にゆれる石油危機

チュニジアで始まった政治・経済改革を要求する市民の動きは、ベンーアリ大統領の海外亡命による政変(1月14日)やアラブの盟主エジプトのムバラク大統領の退陣(2月11日)を生んだのみならず、今では産油国を含む中東・北アフリカのほば全ての国を揺るがす事態に発展している。とりわけ三月に入ってからは危機感を抱いた政権側による武力弾圧が目立っており、北アフリカのリビア、湾岸・アラビア半島のバハレーン、イエメン、東地中海のシリアで市民側に多くの死傷者が出ている。

 

なかでもアフリカ有数の産油国リビアでは、市民を巻き添えにしたカダフィ政権側の反転攻勢が加速し、反体制派の拠点ベンガジも陥落一歩手前まで進んだ。このため2011年3月17日、国連安全保障理事会が「市民の保護と援助物資の搬入を目的とする飛行禁止空域の設定に向けたあらゆる措置を認める」との決議1973号を採択し、国際社会としてカダフィ政権の暴走を止める決意を明らかにした。2日後の3月19日からは仏こ央・米等による攻撃が開始され、政権軍の能力は当初の20%程度に落ちている。

 

世界一の石油大国サウジアラビアの周辺諸国も民主化要求に揺れている。米海軍第五艦隊の本部の置かれる、面積が淡路島ほどの湾岸の小島王国バハレーンは、騒乱の収拾に手間取ったことから、3月14日、サウジアラビアを中核とする湾岸協力会議(GCC)諸国で構成するGCC軍に出動を要請した。翌十五日からは非常事態令(期間三ヵ月)を錦の御旗に強硬取り締まりが開始され、16日には夜間外出禁止令も布告された。幸い同令は六月一日に解除されているが、この間の治安部隊との衝突で少なくとも30人が死亡、200人以上が負傷している。

 

国内の一部地域にアルーカイダ系組織が根を張るアラビア半島南西端のイエメンでも、サーレハ大統領による武力対応が流血の惨事を生んでいる。同国では、六月四日、大統領官邸での爆破事件で重傷を負ったサーレハ大統領が治療でサウジアラビア入りしたためアブデルーハディ副大統領が代行を務めており、政権の命脈は尽きつつあるとの見方が少なくない。ただし、混乱に乗じてアルーカイダ系勢力が伸張する事態ともなれば、サウジアラビアにとってはローリスクが急増することになる。

 

当局による取り締まりが厳格なことから反政府デモは発生しないと見られていた、イスラエルと対峙するシリアでも、三月十五日以降、反政府デモが各地で顕在化している。これに対してアサド政権が戦車を投入するなどの強硬手段に訴えたことから、すでに1100人超が死亡し、約9000人が国境を越えてトルコ領内に避難する騒ぎへと発展している。